コップの縁

厚ぼったいコップの縁がきれいで気分いい。

たて続けに谷川民俗学を四冊読了する。民俗学者は用途にしっかりあったその質感の車に乗る、のはいい話。こぼれる位色々な鳥の気配を感じる。

瞬間的に、大掛かりなパクりのネタ元としての井筒俊彦という事を思う。
     ♪
「おんな紋」のように世襲中二病本(この中二病という言い方好きじゃないのだが)。

・・・でも読んでたの中二の時なのだからいいじゃないと思うのと、捨てるに捨てられない為
何かに使えないかと思うのだが、

(全然好きじゃないがインパクトある絵)
こういうものに拘るインテリアとかやっぱり意外となさそうな気がする。
     ♪
「風の郵便やさん

チョコレートを飲んで元気が出たら
散歩に出かけましょう
ノートと鉛筆を忘れないように
なぜって 小学生の時に初めて書いた
そんな 懐かしい手紙を彼に書くためよ

風の郵便屋さん!
風速40mの速達で頼むわ」(三木ふみ子)

「海

人形は笑わない
ぬいぐるみは歌わない
書きかけの絵
読みかけの詩
止まるすべもないヨット
風になびく長い髪
砂に消える赤い波
海と空にも染まらないかもめ
水族館の大海亀
数だけ多いウミネコ
私は笑わない
マナティは歌わない」(前野はるみ)

70年代の中二病素晴らしい。(前者の詩を書いた方は風に速達を頼んだのだ。郵政事業とか超越してるのだ)
(ぬいぐるみもマナティも歌えばよいだろうし、人形と私は笑うといいと思うのだが)。

人格障害で周りにあからさまな迷惑掛けたり自傷行為に走ったりするのは困るが(あと
詐病と盗用も気持ち悪い)、言わせておいた方がいいと思うのは私だけなんだろうか。
中二病という揶揄みたいな気分には全くなれない。むしろ成人してから権力欲と文化生産に対する
強迫が変な感覚と結びつくと、「意識の謎は俺が解き明かす!」みたいになるのだから成人する前は
中二病の方が良いだろうという気がする。
「中学二年生(14歳)頃の発達途上の段階にありがちな発想や嗜好などを揶揄した言葉。重度の患者は勝手な
思い込みから社会の規律に反した行動を引き起こすこともあるため、早めのケアが必要とされている。」
科学とか医学とか薬学とか政治に興味持たないで! と思うのとだからといって文学にも宗教にもかかわんないで!
と思う。外見が悪いとテレビにも出ないほうがよいだろうし、精密機器を扱う企業の要職も避けて欲しい(とタロット
カードが告げたのだった)。
        ♪
仕事をしっかりしつつもっと病んだ詩を書かないと!
そして仕事では「くつろぎ空間の追求」を!

女性の中二病、という項目を読む。ふーんというか迷惑と負担がかからなきゃ別にいいような事しか書いてないような気がするのだが。霊感があるから霊感商法にはまったりリストカットの写真は周りも辛いと思うが(告白派の詩人のような感じなんだろうか)。こんなのに比べたら四億脱税とかは明らかに社会通念上おかしいし、そういうものが虚像みたいな自己イメージ(革新的な科学者?)を維持するために使う色んな喧伝の陳腐さの方が、なんか広範に社会性を損ねてる気がする。何この社会不適応好きと思ってしまうのだが。
他人の自意識過剰(とみなされるもの)に対する牽制とかもいかにもサブカル的な気がするのだが、その裏で普通の人の生活をないがしろにしてるクリエイター(?)が虚勢はってたり学校でリンチまがいのいじめが横行してるのどうにかすべきなんじゃないのと思う。表現も免許性にしてまともに引用元を提示せず他人の論旨を流通させたりしたら罰金取って発言を封じた方がいいように思う。