テンペスト通り

 技術の粋を活かした集積回路は、男が女のエノルムさを消去する伝統的な
武器だった。それは何もかもを映し出すことができ、昔から語り継がれてき
たのに、遍在は次の世代、痛ましいオーパスと化す。有り体にいってそれは、
精霊的なもの、細かくて痛ましいもの、中に潜り込めるものを一心にかき集
める眼の機能のことだった。それは何を見たか、恐ろしいほど記憶しない。
なのに伝え送られるものがあるとすれば、それだけが思考の機能である。
 
 眼によって覗かれるのは例えば、毛穴の広がりや腕に生えた金色に脱色され
た体毛、揺れうごく視線のなかではじける瞬間の血管、そんなものだった。中
にはかき集めるべきでない時間も混ざり込む。それは無限に快楽を伴って、殖
えて行くように見える。
  おきまり、当世風理学者がそれを使って、当世風の「見える回廊」をつく
り出した。それは公園の周辺路、歩行と暇つぶしに使われる場所を、非日常化
する小道具として、忽然と現れる。なんていうことのない草木の生えたなんて
ことのない場所に、史実と結ばれていない様相を持ち込むために。

 回廊は凍った川面にそっくりで、ただ白と薄い紫の蕾の薔薇が開くことなしに
幾つも埋め込まれ、金糸を揃えたものが目地としてその薔薇を互いに関係のある
もののように見せ、ある種酩酊的な不透過性を帯びていた(だからその上を歩い
た誰もが、この世界が消え去るほどの不躾を想定しない!)。そう、普段は静ま
り返っているそれが、「スカートのなか」を眺めているとは、誰も考えていない
のである。幾つものタイツに包まれた脚や、脚に乗る捩れた胴体(捩れていない
ものもある)、タイツでも古風にベルトで吊っているもの、そこには「生殖その
もの」以外何でもあった。夜がそれ自体肉感を示すもののようにある場合、生殖
の行為も道なり点々と顕われたが。
 当世風理工学者は、回廊を帯電させるスイッチをポケットの中に持っており、
夜が更けるといつでもそれを使ってみることが出来た。光が回廊中を薄く照らし
出すと靴底より大きく賢しらに、顔の見えない脚の曲がりくねった表情と、その
奥には柔らかく布地で包まれた器官が、幾つも見える。どれ一つ彼に直接には与
えられていなかったものの、それは彼のエノルムな女そのものだった。
 と書くと美文だが、集積回路は断じて、適切に運用されていなかった。理工の
粋を集めて、それは覗く眼である! それから、理学者は(理論的には)それを
故意に他の場所に繋げ、分節し、ばらまくことが出来た。ともすれば宇宙の果に
さえ晒され得る靴底の画像である、fetishの理論として。
 ある時、理工学者が回路を帯電させたと同時に、おかっぱの女衒が鍍金の靴底
を下品に光らせて、金づるを求める女衒ならでは識っている集積回路のー急所を、
かかとで打ち抜く(女衒といっても悪気のないほうで、女だてらに女を甘言で誘
い出し、回廊の上でしゃがませてみるだけの事だが、それだけに女衒より一段、
知恵の足りない症候の節くれ立った継ぎ目と言えた)。
 帯電させるためのスイッチと(もしそれがあれば、だが)彼の集積回路を取りま
とめている「あたま」は、女衒の一撃によって脆く崩れ去り、可憐な薔薇の底で光
る回廊は、もとの白く灰めいた歩きやすい通り道となって、粛々と町のなかで無言
の用を果たすのである。
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 私は、ちょっと痛ましさから癒えると、ハリーポッターが書ける。