前倒しの大掃除

 
 一番いやなもの、自分の生活感覚に全くあわないものを言語化することによって、
やっぱり少しだけでも現実が動いて能動的になれるのかもしれない、と思う。
(イマジナリーな「丁寧な生活」以前に、人は多分普通に生活せざるを得ないのに
それが解らず色々言っている人はバカ)。
 前倒しで少しづつ大掃除に取り掛かる。それにしても、レシピブックが勿体無いというか、
書き留めたものを見てると自宅で食べないものを出来るだけメニューに取り入れようと
していたのだなぁ、と感じる。
 
 ずっとテフロンのかかったフライパンを安く購入して使い捨てにしていたのだが、勿体
ないしあんまり愛着も湧かないので、ふたつきの焼きこみするタイプの鉄フライパンを
購入する。3000円程度だけれど本当に長く使えそう。物置から圧力鍋を発見する。いい加減
な煮込み料理しか作らないので(フィリピンか何かの料理で、お酢とお醤油とお酒を1カップ
ずつ入れて煮込む鶏肉とか、豚肉のいい加減な角煮とか)、これをしっかり使った記憶はないのだが、
来年から大活躍してもらうことにする。
 フードプロセッサをごたごたの中でひとつ駄目にしたのだが、それにしてもカルトとかそういう
ものは機械や剛構造のものと相性が悪いのではないかと思うことがある。靴をボロボロになるまで
履く癖があるのだが(そこそこのメーカーのものって滅多に壊れなかったのだが)、今年だけで
パンプスが4足くらい駄目になった。


                   ♪

 河畔のある町で、湿った空気がながれる。細かい明かりのなかにリビエールと赤で書かれた看板が浮かび上がり、文字をランプの鋭い光が照らしていて、謎めいていて綺麗に思う。完全に照らしだされたその言葉の意味するものは河だったけど、奥には龍の気配を抱いている。看板からはガラスの扉が流れ出るように黒い舗道に向かって伸びていて、その扉には白い曇りの加工で環を描く龍の姿が映しとられている(鱗の網目模様に血が通うみたいに、店の中の調度の気配が反射している)。自転車は一台、荷台つきの錆び付いた銀色のもので、ケータリングによばれているときは影もかたちもなく、それ以外の時は一度も稼ぎだしたことがないように店先に縮こまっている。急に晴れ上がって地面が乾いている時、前輪も後輪も固く引き締まって、スポークの銀色が際立って見える。

店の床には翡翠色のリノリウムが敷かれていて、高くとられた天井は、鍋底みたいに真中が撓み、黒だった。撓んで低くなった位置に龍の鱗を模したランプが鈴なりの照明が一基ついていて、真上から円を描いて拡がる卓子を照らし出している。ごはんを食べる時、それなしには考えられない、あの人の手から出る脂で汚れやすい、廻る円卓が置かれていて、来たひとは振り分けられずその周りに座った。卓上にはメニューが置かれており、どこからでも無理なく覗きこむことができた。 店の裏、厨房の扉の側には白いワイヤの鳥籠が置かれていて、鮮やかな青のインコが棲んでいた。

 常に皆、棲んでいるのだった。この場所では、華美な店の中で、字画の多いその生き方を命の上に引き当てていた。鳥はよく鳴いて、その時羽根の色がいつもより少し濃く見える。店からも白い浮薄な籠からも解き放たれて、河に直接命が溶けるのはそんな時だった。棲むという字はがんじがらめで、休みなく浮き沈みする力が働いている。その中で龍と人と、人と鳥と隔てているのは、単に性に作用する感覚の比重だけかも知れなかった。

ある夜に円卓の半ば、一輪の柔らかい花が置き忘れられていて、それを中心に人の身体が切り立った土地のように開かれていた。鱗の明かりは光が灯らなくても、身体の熱目掛けて降り注ぐのだった。強く波打った長い髪が暗がりを少し和らげており、これもともすれば、河に流れこみそうに見える。

波打った髪の中にある顔は長いこと伏せられていたが、仰向いた瞬間、表情を穏やかな水のようなものが満たした。


髪は黒々と長く、円卓はくすんだ赤であり、彼女は赤い半月形した木の卦札を背中で感じていたのだけれど、暗がりの中では身体をとおりぬける龍以外、これらの色と構図をはっきりとは認めないのである。

身体を通り抜ける龍は、水辺を散歩していて、平坦で水の粒子と闇、湧き出るような暗い緑の多い町に、自分の白い骨が場所を持つことを思い、そのままとどまったのだが、人が居て鍋底のような天井を持つ場所を設え、その上では生活を営みだすと、すぐさま出入りして龍としてのありよう、鱗のきらめきと眼の炎を取り戻す。柔らかな髪の長い女主人は一籠のインコの他に、あまり口を利かず鍋を振るう、瞼の赤い年若のコックと、まだ産まれて間もない、女の赤ん坊と一緒に、リビエール、と描かれた看板の奥の部屋に暮らしていた。


                                 ♪


 今年発想した小説らしき短文って、ここで終わってるのか、と思う(ちょっと前に言及したことを、少しずれて別の角度から言及する・・・みたいな
ものを書きたかったのだと思うが、集中できないとつまんない)。