内側から、墨でねしずまったあとの小さな通りを画いた、ふるい志那の香水瓶があった。蓋はきつく閉まっていたので、乳白色のガラスのなかに少しだけ残されている液体が香水かどうかは知ることが出来ない。長い時間置かれていた香料の色が変わることを考えると、絵の全体を透きとおったままに保っているそれは香水ではないかもしれない。けれど厚ぼったい霧のような白い色を超えて、時々何処かの通りが香ることがあった。眠るあとの細い道はどれも香りをもっているのかも知れない。それが瓶のなかに戻るのだとして、往き来する瞬間、鋭い光の差さないわけがなかった。
画かれた通りはくっきりと切り取られた玄関をもった家が並んでおり、中にまだ若い女の気配を抱いていた。彼女は柔らかい白の傘をさして、匂いに取りまかれて、道を一歩ずつ踏み、瞼、とか呼吸といった、人の眠りを形成するサインを取り集める、と想像する。