ケフィアが固まる

bobbinsmall2010-02-07

ヒーターの前に置いたらようやく固まる。ヨーグルトの酸味が少ないもの、といった感じの味。美味しい。花粉症の臨界点が近づいているようなのだが、今からコンスタントに食べておけば抗体が出来るのかも知れないなあ、と思う。
物騒な話とはあまり関係なく、Yahoo!のトピックスに「健康ブームなのでミキサーが流行」みたいな宣伝のバナーがちらほら出てくる。いいミキサー(兼フードプロセッサ)いいなぁ。
ちなみにスープは野菜(玉ねぎは必ず合わせる)をバターで炒めてから水を入れて茹でて、香味野菜(なければないでよい)を足してミキサーに掛けて牛乳とか生クリームを入れるだけなのだが、お休みの日に焼きそばを炒めて食べるのと同じで、そういうのは普通に作るもののような気がしている(そして、くどいみたいですが、家でそれを作った時の一回分の食費はすごく安い。何か消費主体としていけない事でもしてるんですか、と思う。実際に作ってみれば解るが、別に清貧主義でそういう事をする訳じゃなく、その方がシンプルで美味しいのだ)。

出先でデネットという人の「スウィート ドリームス」という本を手にとり、目次を見ながら、そのうちこの本を読んでみないといけないと思う。
要は「意識の問題」が現況のなかで読みかえられるうちに、現象学とか精神分析学とかを参照項目にせず、経済的に上位化されているもの(セレブの暮らしとか)と単にフィジカルな脳機能の操作(薬物の摂取とか洗脳も含まれる)のイメージと結びついて、本来ならあるはずの科学的直感や日常的な統覚をないがしろにしているんじゃないか、と思う。
(チャーマーズの「意識する心」にも、確か「意識の問題はセレブラルな世界のセレブリティ」とか何とかいう、ヘンな一文があった)。
そういう大味なものが、自己意識をインターナルに変えようと手ぐすねひいて待っている世界というのは間が抜けている。日本の場合そこに新興宗教が絡む、という話を、いい加減まともにすべきだと思う。

95億円の「歩く男」が遠い存在なので、
以前、引き延ばしてコピーして部屋に飾っていたジャコメッティの絵はがきを出してしばし思い出に浸る。97、8年頃の私にとっての心理的な礎で、私は、早く個人的な空間で考えたり、過ごしたりしたいとぼんやり思っていた。