貰い物の

bobbinsmall2010-02-23

メジロが半分に切ったオレンジの縁に脚を掛けている写真があまりにも可愛いので、もらいもののいよかんを半分に切って同じことをしてみよう、と思う。鳥の体躯の締まっていて柔らかい羽毛で覆われているところ、觜の感じ、全部素晴らしい。何の神経工学でも鳥が歌を覚える過程というのは重要視されているが、それが納得できる、よく出来た存在だと思う(これがその写真なのだが、メジロが来たら凄く嬉しい、と思わせるいい雰囲気があり、胸にこみ上げるものがある。お米の粒で雀までは呼んだことがあるのだけれども)。

電機メーカーの営業さんと話を色々としながら、煩わしいことのない仕組みをしっかり作ってくれている会社の有難いことを改めて確認する。

年末に少しお会いした某私大の先生(多分もうお会いすることはないような気がするのだが)は、自説として妄想を持っている人間とそうでない人間をかなりしっかり線引きしておられるようだったのだが、その線引きがある種の学律のなかでどんな役割を果たしているか考えるとなかなかにえげつないものがあるけどね、と思う。 それが受験の選抜と無関係なところで潜在的に機能していて、明らかに人に時間の無駄を強いているとしたら、事態は本当に「管理社会について」に書かれているような状態になっているのだ。
単純に気の毒だけどね、と思う。