踏み絵かもしれませんが

先生に「ブルバキ」って言わせてみよう。(私の予測では「プルパギ」になる気がするのだが)

50さい以下で「ブルバキ」と発音するひとに算数から習いたい。 というか、数学や科学に詳しい方がチャーミングかどうかは、注入されている気の流れによると思うのだが、「プルパギな数学」の人から変な波動と若年憎悪を感じて怖い。

内田樹先生が日韓問題は「やれない」が「やらないよりはまし」と書いていらっしゃる。それが差別の一番重篤なかたちかも知れないが、日韓問題とそれに依存するタイプの学者だのクリエイターは、かかわり合いにならずに済めばそれに越したことはないような気がする。(まるっきり無視という事ね)。だってとことん無益だからだ。あとは目が泳いでる人が多く、気持ち悪い。今まで書いた事の中で自分の発想はどれとどれなの、と聞きたい。そして、実際そういう人たちを適当にやり過ごして生活出来てる人が沢山いる以上、そういう人たちが内面まで変えようとして付きまとってくる私って何なの、と思わずには居られない(しつこくてキモい)。
大体、洗脳もそうなのだが、考えるのに一定の時間が必要なものが有用に機能しなかった場合、滅茶苦茶に非難すべきだよね、と思う。日韓問題について考えても「韓国人の感覚はよく理解出来ない」としか最終的には言えないのだ。