言葉と論理、時間

 何かを言うか書く前に、論理的に矛盾していないか、とか、表現として妙じゃないかを判断するが、
カルトに駆動されて行動している人ってそれを完全に人任せにして、最初から全く自分の頭では考え
ないらしい。結果、所属している社会体とか年齢や性別が違っても、漠然とした塊みたいに見えて大変
に気持ちが悪い。(以前書いたことがあるが、全員一度に風邪ひいたり、ニタニタ笑いながら雨が降った
だの晴れただの言わないと体裁が整わない、その無意味さが)。自分の中にある言葉が外化するときに、
それを言ったり書いたりすることによって納得がいくからそうしているはずなのだが、そのことの肌理を
邪魔する人たちのほのめかしに対して私は怒っており、でも大分マシにはなった気がする。