なぜその手帳欲しくないのか
あんまり悪口ばかり書いても仕方ないので、じっくり「ほぼ日手帳」のサイトを見た上で
なぜこの手帳を欲しくないのか書いてみる(またストーキングというか、この不細工なおっさんから
日常生活の中で人と遣り取りしたことに言及されるようになってから、本気で北朝鮮とこのおっさんの
会社とどちらが辛いところか考えるようになってしまった。北朝鮮にこの世の楽園がある、と言って亡命
した人の感性は解らないのだが、妙な子供っぽさで独裁体制を敷かれてる世界もそれと同じくらい気分の
悪いとこのような気がしている)。
凄くシンプルな理由なのだが、シンプルでなく汚れやすい感じだから
なのだ。撥水加工されてない布の表紙の手帳とか、角からよれてきそうなデザインの手帳なんて要らないと思う。
(今年使ってた手帳は手のひらに入る大きさのクオ・バディウスの手帳だったのだが、合成皮革で色は赤だけど
汚れが目立たないしかさばらない。出しても自己主張しないしかといってあんまりうすっぺらくない。数年前
使っていた布の手帳はばっちり撥水加工されていて、チャコールグレーを薄くしたみたいな色に金色で曲線が
描いてあってやっぱり汚れない)。モレスキンは絶対よれない表紙だし、大体普通の成人した女性だったら革の
いい手帳があれば変にひねった手帳を使おうと思わないんじゃないだろうか。
それに比べて一見しただけでとても面倒な手帳であることが解る。何だか目がチカチカする。
それから単純にフランスの紙製品は綴じがしっかりしてるし、筆圧が強くて悪筆の人が多いから紙が丈夫で
インクがあんまり裏移りしない。それにしても何でこの、腫れぼったい顔したえせクリエーターに何年も何年
も絡まれてるのか。ノートにもの書くのも気持ち悪くなる。
群馬も別に悪いところではないと思うのだが、一見してとても田舎くさいのですが、と思う。
田舎くさいとか都会とかクリエイティヴィティとか一切関係ないのだが、アンドレ・ブルトンは自動筆記で
文章を書くときに、小学生が使う自由ノートみたいなものを使っていたという話を何かで読んだことがある。
要はスタンダードな装丁で繰り返し出てくるものじゃないと邪魔なのではないだろうか。シンプルじゃない
ものもすごく好きなのだが、でも基本は基本で出来るだけシンプルに・・・というのが、このおっさんには解らない
のだろうか。