電車に乗りつつ

私、茂木さんに満員電車とかの中で遭遇したら吐くかも、と思う。
(もう相当時間が経つのに、私ソニーのカスタマーセンターで仕事したのが
きっかけで嫌がらせされてるのよね。この企業は最悪だし、私はそれ以降
ソニー製品触らないことにしている。ルートキットの事件も含めて何で
取り締まられないのか分からないというか、バイキンを撒く行為に人のことを
巻き込む神経が分からない。別段何もかもに辛辣なわけでも、男性憎悪みたいな
感情がある訳でもないのだが、私にとって茂木さんはもうほんと存在自体が害毒
みたいなものなのだ。こういう奴に気に入られたら終わりだ、みたいな)。
以前、大塚家具で打ち合わせしてたこととかあり、基本的に「そういう仕事」
なのだが、家具とかまともなものの感覚と相容れなさ過ぎ。2008年ごろに学芸大バウハウスの展示
で見た茂木さんは本当にフリークスだった。
何がフリーキーかと言って、「そこまで上積みした人が何でムダにコンプレックス強いの? ムダな
上積みだからムダにコンプレックスなの??」
としか言えないような暑苦しい感じで、階段下りながら何も見てないような目をしてるんで
ある。
私の苦手な北村という無理女性(これもコンプレックスが強いので、こっちが書いたことを捻って真似
ては自分のブログに書き散らしてるんだが)は、どうも茂木さん宛てに身体使って営業した後、何言ってもキモがられてるんだと思うのだが、コンプレックスの強さと上滑りの真似と食糞行為は基本的に精神病なんだという気がする
(それから、何かの新興宗教について書かれたページに、身体の一部を食べる? みたいなことが書いて
あって物凄い気分が悪くなった)。
 これはあんまり言うべきことではないと思うのだが、この嫌がらせにコミットしてる創価系の建築業者、
かっこつけてても親族自殺しているので、私は関わりあいになりたくないのだ(あんたが神や仏なら、何
で息子さんは自殺したのかね。というか、息子が自殺しているんだったら神とか仏とかアーティストとか
僭称しないと思うのだが)。
 

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 図面などを作成しつつ、つくづくある程度「刺さる」言葉も必要なのかもなぁと思う。そーでもしないと
自分に対する気持ちの悪い感覚がいつまでも私の問題にされてしまうので、あえて書いてみた。嫌ってる人間
の感覚の一部を目減りさせても、まあ本当に気分の悪い代物であれば問題ないよねと思う(特に食べ物の件、
汚物を連想させるのって本当に気持ち悪い)。

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 本格的に年が明けた気がするのだが、体重自体は増加していないにせよ身体がなまっているなぁと思う。
 毎年毎年、どこかで「お祓い」したいと思うのだが、相手が単にどうかしてる人間だと思うと本来の神仏
 に失礼な気がして気が向かない。にしろ、今年は神社で色々と願い事をしてくる。幸先はすごくいい。
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 昨日たまたま、民主党政権下で代替医療に何億もお金を出す政策が練られていたという記事を「やや日刊
カルト新聞」で読み、癒しとかそういう仕事について考えていたのだけれども(私は以前ホリスティックに
関心があった)、もし自分自身が癒されようと思ったら、不当なストレス(こちらが悪いところを改めようも
ないような)があまりにも不当な場合、穢れの質と不当性を全部言語化するのが一番癒しになる気がする。
(特にプライバシーの感覚が変な奴って大嫌い)。事実、糸井重里の穢さ、存在の不快さみたいなものをまと
もに言葉にして、ああこの人とその周辺の人間が嫌いな人も多いんだなぁ、ということが分かったとき、凄く
ほっとした。あいも変わらず言及してきたとしても、私は一生こいつのことが大嫌い。大恥かきながら老後を
迎えるといいよね、と思う。
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 レシピブックに好き嫌いと流行りがあって、以前栗原はるみさんが大流行した時に丁度料理に凝っていたのだ
けれども、周囲にも結構栗原さんを参考に料理したという人が居たのだった。それで、何かひとつ凝ったもの
を作るのにこれを参考にすればいいなと思うものがあると、はなから生活感情の妙な男のクリエイターにお仕着せられたものはまるで要らなくなる。で、糸井という人は私にとって0であり、こちらから関心持ったことは
一度もなく、思想家でもなければ投資家みたいな分かりやすい金の稼ぎ手でもなくて、意見を取り入れる気に
なんて全くならない。そういうものに関心を持たれるのなんてある意味地獄だよねと思う。
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 真似で気持ちの悪い思いをしてる人が意外と多いことが分かる。
 http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/1016/269127.htm
 http://okwave.jp/qa/q6427703.html 
 http://blog.goo.ne.jp/oshiete_watcher/e/04437a4f2a09a3503ffbf77cf011c028
(3つ目は「キモい女性」について書いたらしょっちゅうトピックスに上がってきていたのだった)

 当たり前だけれど、内実のあるすべきことをしている人は絶対にこういう状態にならないのだが(人の真似
する必要はない訳だし)、
 自尊感情が弱い・・・というタイプが危ういのよね、と思う。精神病なのだ(これは完璧にラカン
説明できるし、引用元明らかにしてそれなりにボリュームある文章が書けそうな気もするが、なんという
か生々しくてちょっと嫌だなぁという気もする)。

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 昔高橋たか子さんの「共生空間」という本を読んだときに、結構くるものがあったのだが、間に
宗教的感情が介在しない転移性感情(しかも見え透いた)って凄い害毒だと思う。ラカン的な意味でも、
もし大学が対外的に威信とか尊厳を保ちたいんだったら、そういうものはどっかにつまんで捨てたほうが
いいような気もする。ああ、言いたいこと言ってすっきりした。(ほんとに今年は仕事がんばろう)。

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 私の被害は2つ目のこれに近く、単純に精神病のような気がしている。
 http://okwave.jp/qa/q6427703.html

 というか、真似女性は二人居てなんとなく体質も変なのだ(一人はもともと病気らしいので
可哀想だけれども、一人は完璧に整形中毒)。自分の欠格を他人に受け取らせようとする努力
って凄まじい、と感じる。
  
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 今まで形式的に「呪い」ってあまり興味がなかったのだが、相手がグサッとくることを(とても迷惑な人
限定で)言う努力を今までしてこなさすぎだったなぁ、と思うため、呪わしいシチュエーションを書いてみる。
(現実がそれほど悪くないから、色々足を引っ張られている感じがするのだと思うと、悪態芸の人に甘すぎた
ように思う。「本人は偉そうだけど、娘さん何かね」で傷ついたようなので、同じような方向性で書いてみる。

 表向きは犬儒派の大学教授という「設定」で文筆活動を行ってはいるが、のちに「政党から予算の下りた
医療過誤」と呼ばれる民間人の人体実験に加担したため、神経に不浄の霊が降りるようになり、自宅で開い
た道場では頚椎損傷の故障者が続出する、というグロテスクな小説なら結構臨場感のある感じで書けると思う。

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 自己愛性人格障害者の立ち居振る舞いは不潔で、そういうものが嫌であればかかわりあいにならないのが
一番いいと思うのだが、一方的に関心を持たれてこちらが部の悪い思いをするとなると問題だよね、と思う。
まともに色々なことが運ぶとそれだけ理不尽さが増す気がする。