こんな時に
免許更新は気がひけると思いつつ、ガソリン不足も被災地と居る場所で差がありすぎる気がし、一回ガソリンを飲ませたら当面使わないでおこうと思う。
生真面目に仕事してただけなので問題ないのだが、株価操作と地震兵器という下らない話で名前のあがっている某所に正規雇用で在籍していた事がある。もしほんとにそういう妙な話があるとすれば、何の実験台企業なのよという話なのだが。悪趣味さにうんざりするというか。
何か日本破壊計画と似たようなものを感じ、がっくりする。ドグマに囚われたりしながら家の事考えるのは嫌だとも。
仕事しつつエネルギーの削減とかエコロジー以前の東北のひとのお家の事をちょっと思う。津波について。
耐震技術が発達しても避けられないことがあるのだと。
仕事をしてるので、この際だから「内田樹という害悪」について、きかれたらしっかり話せるようにして
おこうと思う(そんな事聞く人もいないと思うが)。とんでもない変な男というか。
それで自殺しちゃったとかそういう訳もないし、私は基本的に生きていたい人なんだが、何で私はこの人に
逐一監視されながら仕事してるんだろう、わかんないよ〜という気がする。しかも、正鵠を射たことを書くと
Twitterで逆ギレしてることがあるのもよくわからない。普通娘となんぼも変わらない年齢の人間を7年とか
監視しないだろうし、それで得たネタで時間稼ぎしないんじゃないかと思う。
それにしても、ほんと募金とかしないのねと思う。ここ10年で無根拠に稼いだ人なのだから、それ位のことは
するべきなんじゃないかと思うのだが。私は別に生計を立てられるので、人からパクってる分被災地に回して
欲しい、と思う。
どんなデマがあろうと、自然災害はやっぱり自然災害で人災ではない、と思いたいのだが、呪いにしろ破壊計画に
しろ「単純なものを絵解きする」ことの影響力というのは大きいと思う(これはファシスト体制の分析をする時
に絶対避けて通れないテーマなので、昔結構関心があったのだが、最近あんまり考えなくなっていた)。思いつき
なのだが鏡像段階みたいな契機と凄くかかわりがあるんじゃないだろうか。
(メラニー・クラインのようなのだが、地続きのどこかの人心だの場所を空想で殲滅に追いやる、という絵自体、
抑鬱的なものを感じる)。
そういうものが個人の思いこみとか空想ならいいのだが、やっぱり集団で俎上に上げるわけにはいかないん
じゃないか、と思う。おそらく風評被害とかもそうやって作られるのだし。
…昔の左翼雑誌ですよね朝日ジャーナルって、と思うのだが、「ムー」とかが廃刊になったのと同じでこんなもの
要らないのでは。感じ悪いというか。開いて読みかけたときに、「家畜でしかない日本人」とかいう見出しが目に入り、
なんとなくそういう言葉遣いからオカルト的なものを感じた。(実生活で数秘術とか、666の並びとかに拘る人に
間接的に関わってしまい、両方とも変な男でオカルトかぶれという気がする)。
このブログのタイトルと内田樹先生の「メディアの病」は単に概念的にニアミスしただけなのだと思いたいが、ほんとに
パトグラフィーを書かないといけないくらい、メディアおかしい人たちの集まりなんじゃないかと思う。
漫画とかアニメをあんまり詳しく見られないため(「はいからさんが通る」だけは凄く好きなのだけれども)、「新世紀エヴァンゲリオン」という話が流行した時もその時に一回ざらっと通して見ただけだったのだが、精神の基底にある多形倒錯みたいなものをチャート化した作品として凄く興味深いと思っていて、同時に単なる「作品」でこういうものが
あればオカルトにはまったりはしないだろうな、とぼんやり思ったのだった(小説とかと同じで個々の登場人物につ
いて思い入れを持ったりは一切出来ないのだが)。
今還暦くらいで、若年層に自分を増強するためのダメージを与えたいという欲動を上手く始末できてない人で
なおかつオカルティスト(創価学会員も入る)って困るよねと思う。そういう作品についてはっきりジェネレーション
ギャップがあるのに、何もかもオカルトとか新興宗教の語彙の中で整合性をとろうとするので。
大体内田樹先生、このブログにTwitterで「解答」してて迷惑なんだが、私は昔から変な男(変な生き物?)から対処に困るようなコミュニケーションを一方的に強いられて迷惑しがちなのよねと思う(早くあれとあれ読みたいとかその程度のことしか考えてないのに)。粘着男とか整形乞食とか新興宗教かぶれとか、そういう属性の人間の方がよっぽど家畜だと思うのだが。