今更ながら

 洗脳はどれぐらい身体に悪いのだろうか、ということが
放射能以上に気になる。「思考盗聴」という言葉はいかがわしいのだが、
神経工学はものすごく内分泌系に悪いはずだよね、と思う。
 「チェルノブイリ原発事故」が、あんまりにも先験性のある、意識の
流れのテクストなのでびっくりしつつ、反面ゾッとする。クリスタ・ヴォルフ
はどうしてこの作品を半分以上脳科学の知見で埋めたんだろうか。
(「ガス灯」という、ガスライティングという嫌がらせの原型になった
映画についての言及もあるし、脳科学については手術に重ねてかなり詳しく
ノローグで書かれていて、リアリティがある。原発を推進する男性の
科学者や技術者と、それ以外の労働をする女性の対比みたいなことが書かれて
いるのだが、全然湿っぽくなく単にヘテロロジックに書かれている。
外在する国と国や意識と意識との間で緊張関係があるというのは、つまるところこういうことなんだろうなというような。旧ソ連はほんとに全然情報公開しなかったのだろうと思うのだが、日本もあんまり変わりないような気もする)。
 日本だと絶対文学の主題として浮上しないタイプの意識を取り扱った
作品。97年に翻訳されているが、一時期本当に凄い本がいっぱい翻訳
されていたのだ。
 アゴタ・クリストフがブームになった時、これも日本じゃ絶対取り扱われ
ないタイプの話だよねと思ったことを思い出す。
 その後、カルトがここまで増長して、単に姑息な手段で部数を出している
本のせいで言論封殺体制みたいなものが敷かれ易い国になってしまったことを
今更ながら凄く不気味に思う。しかもそれを担ってるのは、本当にどうでもいい
人、という気がする(自然に400万部売れる本というのはすごいが、その後部数と
売り方があんまりにも変な本がたくさんある気がする。当たり前だけれど本って流通の仕方だけが問題になるようなものではないんじゃないだろうか)。
 ビジネス本みたいなものも、別に策略だけで売れている訳ではないと思うのだが、バランスよく翻訳されてた凄い本たちはみんな何処に行ってしまったの
だろうか?? オースターにしろスティーヴ・エリクソンにしろ、もう夢中で
読んでたことを思い出す。変なタイトルの脳科学の本が繰り返し繰り返し出てる
なんていうことは全くなかった。
                ♪
 消費社会(というか、単に買い物すること)が、一ミリも糸井重里という
人の存在とリンクしていない。それに、付きまとわれたら確実に病むレベルの
嫌いなタイプで、同一空間に居たら息を止めてないと過ごせないと思う。
 存在を辿っていったら、最終的にそのカルトのその気持ち悪い教祖に
行き着くような芸能人を、全員外してしまえばいいじゃないのと思う。


 Performaをさわっていた時の人工無能といまの人工無能は違うかも知れないの
だが、これって哲学的ゾンビみたいなものとも関係あるんだと思う。
(情報が情報としてだけ動いているものと、そこに生きた人間の感覚が動いて
いるのとで質的な差があるのかどうかみたいな)。しっかり解りたいのだが、
そういうことに対するまともな研究は、何をどれくらい解明しているのだろうか。
Macだけ使っていたときには、そのあたりの情報整理がくっきりしていたなぁ、と思う。元々パソコンに疎くても何となく「実装」という感覚が解るのだ。
それがわざわざハッカーの的になりにいったり、社員がペットを惨殺していたりよく分からない超能力研究所があったりする家電メーカーだと、本当に何が起きているか分からない、と思う。