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 ・・・一応再掲してみると、こう考えてれば一瞬思考が外化しても精神病にはならないよなと思う。
にしても身体にも精神にも決して芳しくない事態だよね、と思う。それにしてもこんなの本来なら
私が考えなきゃいけないことと全く違う気がするのだが。
 
 宗教がらみの変なオペレーションの内在化と強迫、自殺強要とショービジネスみたいなことについて、結構色々と
確認出来るような気がする(私は自殺しないけど)。
 前出のAさんに、某議員の方の変死の話を聞いて背筋が凍った。結局まともな宗教団体ではなく、そこから恩恵を被れ
なかったことも問題の一端だと。(私は全然ナショナリズムのセンスがないが、そのことを考えると君が代の斉唱位は
単なるフォーメーションで、別段問題もないように思えた)。
                        ♪
 内田樹先生がようようこちらに言及してこなくなったのと、私「柔らかい批評のことば」って中年以降の男が言うと
気分悪くなるのよねと思う。何か生理的に「汚ねーな」と思ってしまい、そういうもんのアテで面倒を掛けられている
人がいっぱい居るのがその新興宗教の気がして。何というか相互扶助の一番おぞましいイメージがそこにある。

 levinassien「ですから、僕を批判したい方は「僕以外の人たち」に向けて発信することにご専念されればよいと思います。世間の人たちが「なるほど、指摘の通り、ウチダは嘘つきで推論も不適切だ」と思うようになれば(おおいにありそうです)、結果オーライでしょ?」

 このまま本の売り上げに影響出て、あとボロがボロボロ剥がれるとよいんだけどな、と思う。再三書いているが
バカの壁」便乗に宗教団体の媒体への売り込みが基に過ぎないような気がするのだ。(これは推論だが、神経工学がらみで本当にノーベル賞を取れればトントン位のつもりで、そういう筋の人を駆動して民間から個人情報引っ張ってるん
じゃないか、と思う)。
                       ♪
 http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-22108920110708

 犯罪被害者の個人情報トレースが問題で廃刊に追い込まれる、という真っ当なニュース。
 結局、日本でも中心的な手法が何なのかと、それにコミットしてる人たちの属性を全部挙げていかないと
 いけない気がするのだが。

                       ♪

人間を電解して、じゃあ、どうなるのか、というところに、科学的な回答なんて何もなされてない。
 しかもその電解を宗派がごまかし続けるというひどい状況。これは「思考が盗聴できるか?」とか
 そういう話でなく、地震予測から放射線物質の飛散にまで及んでる気がしてならない。

 アルチュセールの認識論的切断に対して、ヌーボー・フィロゾフの人が反駁した時に(このあたり
の経緯を今後読むことはあまり無いと思うのだが)、要は人があんまり文句をつけにくい、大文字の
政治や市場と組んでる宗派性とポピュリスムを落としどころにするのがヌーボー・フィロゾフの人たちなのね
と思った(当然、それで「考えてる気」になりたい人って沢山居るはずだし、アルチュセールもそうなの
だがフランス現代思想の人たちが大変な目に遭ったことを考えると、それはそれであり得る系譜なのだと
思う)。方法論として内田樹先生の姿勢と同じ訳である(内田樹先生はヌーボー・フィロゾフの人の著作
を翻訳してるのだった)。哲学とか思想が何かはともかくとして、そういう系譜は予めリミッタを用意して
おり、そのリミッタは当の宗派の限界をそっくり写し取ったものなのだった。
 その宗派が仏教系カルトで、ヘンに精神医療制度を牛耳っているとなるとなんかねぇと
言う気がする。イタリアで精神医療改革を先導したバザーリアという人は、68年の政治状況に影響を
受けてその営為を行ったそうなのだが、その景色をリアルタイムで経験しててもフランス現代思想
スターになれないと反動的なカルトと組んだまま、ひたすら若者叩きに走るんだ、怖いなぁと思う。
(そこでは自分の病と同調できる人間だけが病者とみなされず、異論を発するとそれが正論でも排斥
されるのだった)。
 舌禍で辞職した復興大臣のような人はほんの氷山の一角で、論壇(これは一般社会でなく、あくまで論壇という
抽象的な論旨が垂れ流されてる場のみ)で采配を振るってる人の中に、ざくざく同じような精神構造の人が居るんじ
ゃないの、と思う。その数名に外れてもらったほうが、もっとみんなが気持ちよく過ごせる社会になる気がするのだが。