腐しついでに
「ほぼ日手帳」の、発売発表会時にミナ・ペルホネンのデザイナーの方と対談している
場面の動画を見て、殆ど吐き気を催しそうになる。なんか「そんな売り方しても売れないよ」
とか、周りに無理ばっかり言って泣かせてるでしょ、とか。そういう基準でしか物事見て
ないのかなぁと思い、尚更とち狂ったことしかしていない人に見える(この人は私がイン
テリアの仕事ついてから延々嫌がらせして来ているのだが、95年から誰も批判していない
のが恐ろしい位だよねと思う)。
ナンシー関さんは料理の達人だったと何かで読んだことがあるのだが、糸井が「面白く
ない」というのは要は自分自身が面白かったということなんじゃないかと思うのだ。あれ
だけきれいに消しゴムを彫れたら面白いだろうし、糸井重里はなんとなく普通にふーん面白い
ねぇと思ってる時の女の人に嫌悪感と違和感しかもたらさないのだ。
媒体力みたいなものがあるからクリエイターとして認識されているのかも知れないけれど、
はなから挙動不審で粉飾を元に腹の探りあいみたいなことになるメディアになら出て行か
なくてもよい、と思うのが普通のクリエイターじゃないだろうか。芸能界で暴力団の締め
出しが進んでいるのなら尚更、こういう変なクリエイターが駆逐されてくれる事を望む。
警察に「何か身体目当ての洗脳かなんかじゃないの、相手はただのキチガイ」と伝えてある
が、大体高齢の婦女暴行魔が教祖の新興宗教ってキモい。(そういう教祖がドロドロ発して
いる怨嗟の感情が宗教的感情の実態ってあり得ないし、そういうとこからこちらをコント
ロールしようとしてる人たちって何か微妙に暴力臭がするんだが)。
たまたま性別が男だから問題になっていないだけで、構造としては里子を殺害した変な
女性とかと同じジャンルの人間だよねと思う。こういうのの欺瞞に気づかない人って、
自分もまっとうな感覚なしに育ったから妙なことになっていても一切気づけないタイプ
が多いんじゃないかと思う。
♪
リハビリにゼリー食べようと、調布パルコの「ゼリーのイエ」のゼリーが食べられるイベントに
申し込み。ついついついつい影響されて、Loveramicsの大変に可愛らしい陶器のスプーンセット
を購入してしまう。
♪
犬の顔のついたノベルティがいらないのと同じで、猿の作った手帳もいらないし猿自体が節操ない
女優のおまけだと思うと笑えてくる(それで求人にはパクリ逃げしても責任取らないよって言われた
日には、何をどう洗脳されるべきなのか全く不明)。
最初からもうちょっと騙し易い人を洗脳すべきでしょと思う。あと糸井重里のひたすらお金の話にスライドする暗さがキライ。こういう人のクリエイティヴィティに同調するのは親からの虐待がデフォルトとかそういう人々じゃないのと思う。(犬を擬人化するセンスのイヤさもそうだが) ♪
きれいな釉薬の掛かったさらさらの陶器は世界観を変えてくれるよねと
思う。だから変な犬の顔(父親が犬という設定)のついた陶器で食事を食べる
のは嫌だし、それがメディア戦略と言われても理解し難いものがあるかと
思う(普通は)。