ノルウェーの森

・・・この曲聴いて死ぬところ全くないじゃないと思うのは私だけなのだろうか。
以下に書く事は「ノルウェイの森」という小説の価値とは全く
別の問題なのだが、この曲は自立=自律した、思想的問題の後遺症
で自殺するような小僧じゃない年代の人の、室内で家具見て思惑
と情事が噛みあわなかった曲なのだ(情事は成立しなかったがジョージの
シタールの曲でもある、という、ビートルズトリビアっぽい寒い事も言える
のだが。「彼女は部屋を見せてくれた 素敵じゃないか、ノルウェーの森」
という暗喩を使った一般的な翻訳の方がしっくり来る気もする)。Wikipedi
aのポール・マッカートニーの説を信じるとしても放火で終わるだけで
自死は出て来ない。それに対して、「ノルウェイの森」はあくまでも日本の学生運動
挫折と自死のお話なのだ。そこに違和と痛みを感じるのは批評以前の問題の
ようにも思う。(人生ってそんなに安直なものなのか、という気がしたり、月並みだけど
死にたくもないのに死んでしまう人も居るなかで何甘えてるのだろう、という気がしたり)。
・・・それからなん十年も経っても、相変わらず若者がじめっと内面の重みに
苦しんで社会変革に挫折し、無意味な死に傷んだ上異国情緒を堪能するのはそういう
思い出を乗り越えて「業界的に」成功した人だけ、という話をしたがる人が「業界的に」
生息してる事の方が、あったか無かったかも分からない「村上春樹に対する
集団的呪い」よりおっかないような気がする。無意味な死をどう希求するか、無理強い
するか読めないし仮に予測しても押し切ろうとする可能性があるからだ。
(異国情緒はともかく、シタールもほんもののパイオニア)。
・・・陰謀論というのは、得てして陰謀の受け手が圧倒的な受動性の下迷妄の回路にはまり込
んで変な事いい始める、という話にされがちなのだが、陰謀の配信元というのは単に即物的
存在しており、相当おかしい人たちのようにも思える。
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「世界の陰謀論を読み解く」は、いわゆる「陰謀論者」(陰謀に対して圧倒的に受動性の高い
立場を強いられて、下手すると消耗戦の中妄想知覚が開けてしまった人)の迷妄にはまらない
ための新書的整理みたいなお話になっているが、ユダヤ神秘主義だのフリーメイソンイルミナティ
キリスト教地盤じゃないところで急に増幅された場合、そういう思想を急速に日本的地盤と馴染ませ
ようとする側(陰謀の配信元)が額面通り割と邪悪な存在なのだという事を、もう少し追及した陰謀論脱構築
があっても良い気がする。
・・・例えば、陰謀を教え込ませる為の「洗脳」なのだが、遺伝子組み換えと同じで後々どういう影響が出るか
分からない技術を、配布元が一切自分の心身を傷めずに他人に強いてたらそれは謗られるべき異常事態だろう。
キリスト教圏の海外と違い、フリーメイソンイルミナティの陰謀もユダヤ陰謀論も元々根付きにくい無宗教
寄りの仏教圏だと、そういう思想を取ってつけたように輸入した人どもがユダヤ思想だの秘密結社の問題の細かい
ニュアンスを全部落として、単に経済的な下部構造を作り出したりアビューズとか嗜虐性を解放するためだけに
使いかねないような気がする。何故か無駄死にが出るノルウェーの森に違和感を感じるのと同じで、それは「批評」
とか「呪い」以前の違和感しかよび起さないと思うのだが。大体仏教だってそんな事を許容してないんじゃないか
という気がする。
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Wikipediaの「ノルウェーの森」タイトルに関する諸説にあるように、北欧のパイン材の家具確かに安いかも
知れず、ノルウェーじゃなくスウェーデンだが、例えばベッドならhttp://www.ikea.com/jp/ja/catalog/products/30185064/ これ位の金額で買えるみたいです。
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ビートルズ絡みの陰謀論はともかく、ジョン・レノンだって自殺じゃないしいわゆる「陰謀論」とは
違うレイヤできな臭いお話に巻き込まれたのだと思うが。

「ミッシェル」と「ガール」が女々しいがラバー・ソウルはいいアルバム。